斉藤哲夫プロフィール
1950年生まれ、埼玉県出身。URCレコードから1970年にシングル「悩み多き者よ」でデビュー。セカンドシングル「されど私の人生」を吉田拓郎がカバーしたことで、注目を集めた。72年に発表されたファースト・アルバム「君は英雄なんかじゃない」は、今日でもURCの名盤の一枚として知られている。初期には哲学的な歌詞が話題を集め、フォーク界の若き哲学者とも称されるが、翌年のセカンド・アルバム「バイバイグッドバイサラバイ」では、抜群のメロディセンスを生かし、ポップサウンドに転進。このアルバムを含め、現ソニー・ミュージックからリリースした3枚のアルバムでは、当時の四畳半フォークとも、後の歌謡曲的ニューミュージックとも一線を画す、まさにジャパニーズ・ソフトロックとでも言うべき良質のポップ・ロックを展開している。しかし、彼の名前を一躍知らしめたのは、80年に発売されたCMソング「今のキミはピカピカに光って」だろう。宮崎美子のデビューCMに起用された、糸井重里作詞、鈴木慶一作曲のポップ・ソングは当時200万枚のヒットとなり、一躍斉藤の名前を有名にするが、自分の方向性とは全く異なる歌謡界でのクローズアップに、本人としては複雑な心境だったようだ。その後は、マイペースなシンガー・ソングライターとして活動を続け、1990年代には、ゆったりとしたロック・アルバム「ダータ・ファブラ」を、また2000年には生田敬太郎とのジョイントアルバムをリリースしている。また2006年の年末には、小田和正のTVライブ「クリスマスの約束」にゲスト出演し、大きな話題となった。
長田剛プロフィール
1994年に結成し、1999年にメジャーデビューを果たした4人組のグループ、After meでリード・ボーカル、ギターを担当。2枚のアルバムを残してAfter meが活動停止した後は、ソロとして活動を継続。プライベートでコージーな感覚を大事にしながら、独自のオーガニック・ポップサウンドを追求してきた。また07年からは新宿兄弟をプロデュースに迎え、本格的なソロ・プロジェクトを開始しつつある。
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