野澤
斉藤哲夫 + 長田剛 Band with Live in 稲生座 2007.08.26
ジャパニーズ・ソフトロックの開祖とも言える、天才シンガー・ソングライター斉藤哲夫と、その流れを引き継ぐオーガニック・ポップの才人、長田剛。心優しき2人のアーチストが、2007年の高円寺の夏の夜に出会い、新たな奇跡を紡ぎ出す。斉藤ファンは絶対にこの夜を逃してはいけません!あの名曲のバンド・バージョンはこの機を逃せばもうきけないかも!
ライブ詳細
日時   2007年8月26日(日)
     開場:7:30 開演:8:00
会場   高円寺 稲生座
出演   斉藤哲夫 & さがみ湘(ピアノ)、長田剛 
     with Shinjuku Brothers Special Band
     Guitar : 日戸修平
     Bass : ナカガワケイスケ
     Drums : 伴慶允
入場料  2500円+1ドリンク代
お問合せ 03-3336-4480
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斉藤哲夫プロフィール
1950年生まれ、埼玉県出身。URCレコードから1970年にシングル「悩み多き者よ」でデビュー。セカンドシングル「されど私の人生」を吉田拓郎がカバーしたことで、注目を集めた。72年に発表されたファースト・アルバム「君は英雄なんかじゃない」は、今日でもURCの名盤の一枚として知られている。初期には哲学的な歌詞が話題を集め、フォーク界の若き哲学者とも称されるが、翌年のセカンド・アルバム「バイバイグッドバイサラバイ」では、抜群のメロディセンスを生かし、ポップサウンドに転進。このアルバムを含め、現ソニー・ミュージックからリリースした3枚のアルバムでは、当時の四畳半フォークとも、後の歌謡曲的ニューミュージックとも一線を画す、まさにジャパニーズ・ソフトロックとでも言うべき良質のポップ・ロックを展開している。しかし、彼の名前を一躍知らしめたのは、80年に発売されたCMソング「今のキミはピカピカに光って」だろう。宮崎美子のデビューCMに起用された、糸井重里作詞、鈴木慶一作曲のポップ・ソングは当時200万枚のヒットとなり、一躍斉藤の名前を有名にするが、自分の方向性とは全く異なる歌謡界でのクローズアップに、本人としては複雑な心境だったようだ。その後は、マイペースなシンガー・ソングライターとして活動を続け、1990年代には、ゆったりとしたロック・アルバム「ダータ・ファブラ」を、また2000年には生田敬太郎とのジョイントアルバムをリリースしている。また2006年の年末には、小田和正のTVライブ「クリスマスの約束」にゲスト出演し、大きな話題となった。
長田剛プロフィール
1994年に結成し、1999年にメジャーデビューを果たした4人組のグループ、After meでリード・ボーカル、ギターを担当。2枚のアルバムを残してAfter meが活動停止した後は、ソロとして活動を継続。プライベートでコージーな感覚を大事にしながら、独自のオーガニック・ポップサウンドを追求してきた。また07年からは新宿兄弟をプロデュースに迎え、本格的なソロ・プロジェクトを開始しつつある。